稽古週報

刀の縁で道場に集う者たちの、斬れる喜び、斬れない悩み。
斬った・斬れないだけでない、武徳院での日々をレポートします。
非日常的な刀が、いったい自分にとって如何なる存在なのかを模索する歩み、周り道・迷い道の足跡が稽古週報に記されてゆきます。
ただし、稽古の道の途上ゆえ、勝手な思いこみ、勘違いもあるやもしれませぬ。ご勘弁を……。
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
この時代に真剣を持ち、剣の道を志すとは、ただ単に剣の歴史や文化といった狭い範囲に止まることなく、すべての先人達が残してくれた大いなる遺産である日本の歴史や文化に剣を持ってわけいり、自分自身の身体と心で丸ごと飲みこみ、咀嚼し、そしてそれを体現することだと僕は思っています。(本文より抜粋)
真剣----初めてそれを手にした時、老若男女を問わず、みな目を輝かせ、喜びにあふれた表情をするという。人の心の奥深くにある、最も原始的で純粋なところをぐっと掴んで放さない、「真剣」の魅力とは何か。試斬居合道の道場を主宰する著者が、その真髄を伝える。

amazon
セブンアンドワイ
師範の大伯父である作曲家・須賀田礒太郎の作品を集めたCD。小松一彦指揮、 神奈川フィルハーモニー管弦楽団演奏。音楽評論家・片山杜秀さんによる渾身の 解説つき。
須賀田礒太郎についての細かいことはbutokuin.comにて。

タワーレコード
HMVジャパン株式会社
武道を志す者の必読書。
山岡鉄舟の体得してきたことの集大成の書。剣禅一如とは、どのようなことか、無刀に至ったのはなぜかなど、鉄舟だから到達しえた境地。
芸事(当然「武芸」も含む)に関わる原点の書。数ある翻訳書の中でも、林望先生訳のこの本は初心者でも理解しやすく、おまけに原文、総ルビなので、これをRecommend!
密教を体系的に語り、現代においての意味を示す書。あやしい密教本を読んで、怪しげな教団に入って、痛い目を見ないためにも、この本がお薦め。
本来「不立文字」のものを文字で伝えようとした良著。巻末の禅語索引は秀逸。
パンクとは、音楽スタイルや外見などではなく、生きる姿勢、生きザマだということが、このアルバムから伝わってくる。PUNK IS ATTITUDEだぜ!
ラモーンズのベスト盤といえば、これだ!「1,2,3,4!」ではじまる軽快なパンクワールド。これ聴いて、元気になって、「Hey,Ho,Let's Go!」どっかにブッ飛んでんでいきたくなるぜ!
美は乱調にあり、あるいは、美は性を超える。あまりにも美しいから儚げにも見えるが、発表から30年以上経た今も聴き続けられるのは、実はその強さゆえなのだろう。
U2のアルバム、ベストは多々あるけど、やはり現在進行形が一番彼等らしい。来日公演の一曲目「City of Blinding Lights」の中のOh You Look So Beautiful Tonight!という一節で、バンドと観客が一体化した時の熱さと感動は忘れられない。
「TMGE106」Thee Michelle Gun Elephant
日本人によるRock&Punkの真骨頂。<ヤニで固めてるタンクちぎれて あふれだしたんだ「愛という憎悪」>一撃必殺のキラーチューン満載だね。
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
道をあるく--『真剣』出版レセプションを終えて :とこも
なぜ始めたの? とよく問われるけれど、
明確な動機があったわけではありません。
なぜ続けているのだろう? と自問するけれど、
明確な答えは見つかりません。
優柔不断なだけかもしれないけれど、
いつのまにかけっこうな年月を、刀を持って過ごしています。
今回のレセプション、見ため的にはいままでと同じ、
いままでの延長だったと思うのですが、
門下生が場をつくるという、大きな違いがあったのでした。
当日は、ばたばたとあわただしく過ごして終わったのですが、
いざ週報を書こうと思って、じわじわと感じてきたのがその違い。
一歩一歩と歩いていることには変わりないのだけれど、
高尾山を向いていたのが、富士山に向きを変えたような。
(んーー。富士山は大げさだな。丹沢山くらいか?)

その緊張感が、みんなの斬れ味のよさにつながった…
ということにしておこう。
| 02、しむらとこも | 01:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
変わったこと、変わらないこと、この一年 :しむらとこも
横浜道場が日ノ出町のレンタルスペースから本牧のお寺に移り、東京道場が始まり人も増え、日本武徳院にとり、なんとも目まぐるしい一年だった。

おまけに職場ではまったくの畑違いに異動になるし、義父は亡くなるし、子供は小学校卒業したと思ったら山村留学するとか言い出すし。自分の身辺までいつにない慌ただしさ。横浜道場のアクセスもあり、ほとんど稽古に行けない一年でもあった。

久しぶりに稽古に行って気付くのは筋肉や勘の衰え。このくらい振れるはず、というイメージはあるのに、止められなかったり、軌跡が下がったり。

週にたった一日でも、続けていると何かが確実に変わっていたのだった。自分の中に積み上げていたものの大きさに驚く一方、いとも簡単に手の中の砂が流れるように消えていくことに慌ててもいる。

斬れればいいってモノではないが、考えてるだけではもっとダメだ。中途半端はしたくなくても慌ただしさに負けてしまう現状に、いったいどうしたものやらともどかしい今日この頃。
| 02、しむらとこも | 01:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
稽古はじめ2008 :しむらとこも
稽古というのは、いにしえ(古)を考へる(稽)ことだそうで、
先人たちの通ってきた道を、
また、とぼとぼと歩いていくのだろうな。

いつか来た道でもあるけれど、
自分も武徳院も、一度として同じ時はないのだよね。
最近、仕事の都合で稽古に出られないことが多いけれど、
そのときそのときを大切にしていこうかなと思う。

tocomo
| 02、しむらとこも | 00:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
道場開き :しむらとこも
tocomo

本牧へ道場を移したあと、「師範補佐役をつくることにした」と、
兄弟子・姉弟子とともに師範に告げられた。
あらら。大変なことになったなぁ。

剣の道は、すでに江戸時代までに確立しているもので、
武徳院は、それを今の時代に再現しようというものと思っていた。
しかし。
話をするうちに、武徳院は、先人の通った道をなぞるだけでなく、
さらに今の時代に道を見つけようとしていたことに、(私は)ようやく気づいた。

道場開き。
名誉ある、そのいきなりの幕開けをやらせていただいた。
(順番決めたのはジャンケンだけど。)
武徳院の新たな一歩。
試行錯誤の迷い道ではあるけれど、武徳院の一員として、
自分も歩みだして行こうと思った。
| 02、しむらとこも | 02:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分にとっての道場の意義と、道場に来て変わったところ :しむらとこも
変わったところは、二の腕と脚のたくましさ。
というのは冗談でもないのですが、さておいて。

当初は、刀に触れるだけで非日常で、
その非日常さが魅力であり意義を感じていました。
しかし、しばらく続けているうちに、
日常と非日常の境界線が変わってきているように感じます。

以前の道場が、非日常のリフレッシュの場だったとすれば、
最近の道場は、リセットの場、です。
日常の慌ただしさに流されそうな中から、
自分を見失わないよう、自分の立ち位置を再確認する、
そんな場であるように思うのです。

職場の異動があったりして、道場に行けないことも多々あるのですが、
行けないときでも、道場を思うと背筋が伸びる、
それが私にとっての武徳院です。
| 02、しむらとこも | 01:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
『本牧道場』 しむらとこも

日ノ出町の猥雑とした雑踏の中にある道場は、非日常、異質の世界をつくりだすシチュエーションとして、またとない場であったと思います。
そして、本牧道場は、「胎蔵界」と「金剛界」、うつくしい両界曼荼羅に見守られての稽古場です。師範から、両界曼荼羅は、知恵と慈悲のふたつの世界を現していると説明していただきました。
本牧の東福院さんにある道場は、非日常・異質の空間という点では、日ノ出町と共通する面もありますが、この世界、武徳院という世界を、自分の中で非日常・異質のものに置いておくのではなく、逆にこれを日常とするべく精進すべし、とのこと。
目に見える「いかに斬れるか」は、とっかかりやすく、稽古をすれば、歩みは遅くとも身についていくかなと思うし、身に付いたかどうかを知る術があります。斬ればわかっちゃうのですから。
しかし、精神世界なんて難しいことを、ご無体な。師範! って感じです。
心の有り様が、いかに脆く剣さばきに現れるかということは実感しているけれど、確認のしようがないではないですか。その道筋も暗中模索。こころも高めてゆけるようにと、まずは歩み出すしかなさそうです。

| 02、しむらとこも | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
<< 2/2