稽古週報

刀の縁で道場に集う者たちの、斬れる喜び、斬れない悩み。
斬った・斬れないだけでない、武徳院での日々をレポートします。
非日常的な刀が、いったい自分にとって如何なる存在なのかを模索する歩み、周り道・迷い道の足跡が稽古週報に記されてゆきます。
ただし、稽古の道の途上ゆえ、勝手な思いこみ、勘違いもあるやもしれませぬ。ご勘弁を……。
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
この時代に真剣を持ち、剣の道を志すとは、ただ単に剣の歴史や文化といった狭い範囲に止まることなく、すべての先人達が残してくれた大いなる遺産である日本の歴史や文化に剣を持ってわけいり、自分自身の身体と心で丸ごと飲みこみ、咀嚼し、そしてそれを体現することだと僕は思っています。(本文より抜粋)
真剣----初めてそれを手にした時、老若男女を問わず、みな目を輝かせ、喜びにあふれた表情をするという。人の心の奥深くにある、最も原始的で純粋なところをぐっと掴んで放さない、「真剣」の魅力とは何か。試斬居合道の道場を主宰する著者が、その真髄を伝える。

amazon
セブンアンドワイ
師範の大伯父である作曲家・須賀田礒太郎の作品を集めたCD。小松一彦指揮、 神奈川フィルハーモニー管弦楽団演奏。音楽評論家・片山杜秀さんによる渾身の 解説つき。
須賀田礒太郎についての細かいことはbutokuin.comにて。

タワーレコード
HMVジャパン株式会社
武道を志す者の必読書。
山岡鉄舟の体得してきたことの集大成の書。剣禅一如とは、どのようなことか、無刀に至ったのはなぜかなど、鉄舟だから到達しえた境地。
芸事(当然「武芸」も含む)に関わる原点の書。数ある翻訳書の中でも、林望先生訳のこの本は初心者でも理解しやすく、おまけに原文、総ルビなので、これをRecommend!
密教を体系的に語り、現代においての意味を示す書。あやしい密教本を読んで、怪しげな教団に入って、痛い目を見ないためにも、この本がお薦め。
本来「不立文字」のものを文字で伝えようとした良著。巻末の禅語索引は秀逸。
パンクとは、音楽スタイルや外見などではなく、生きる姿勢、生きザマだということが、このアルバムから伝わってくる。PUNK IS ATTITUDEだぜ!
ラモーンズのベスト盤といえば、これだ!「1,2,3,4!」ではじまる軽快なパンクワールド。これ聴いて、元気になって、「Hey,Ho,Let's Go!」どっかにブッ飛んでんでいきたくなるぜ!
美は乱調にあり、あるいは、美は性を超える。あまりにも美しいから儚げにも見えるが、発表から30年以上経た今も聴き続けられるのは、実はその強さゆえなのだろう。
U2のアルバム、ベストは多々あるけど、やはり現在進行形が一番彼等らしい。来日公演の一曲目「City of Blinding Lights」の中のOh You Look So Beautiful Tonight!という一節で、バンドと観客が一体化した時の熱さと感動は忘れられない。
「TMGE106」Thee Michelle Gun Elephant
日本人によるRock&Punkの真骨頂。<ヤニで固めてるタンクちぎれて あふれだしたんだ「愛という憎悪」>一撃必殺のキラーチューン満載だね。
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
三嶋大社奉納演武、個人的心象風景 :日下部泰生

今回、型の奉納では、神楽殿の舞台上からの風景がはっきりと観えてしまった。見物しているお客さん一人一人の表情まで、今までは刀を振ることに集中していて、風景は全く気にならなかった。

遠くの方で腕組みをして仁王立ちをしているおっさんが観えた。遠くとはいえ、意識的に真っ正面で踏ん張っている雰囲気である。正直、少しイラっとした。「なぜ真っ正面?しかも仁王立ち。不自然だ。」しかし、ここで腕組みおっさんにイライラをぶつけてはしょうもない。ここは神前に志を奉納する場である。おっさんに映るのは所詮自分の「我」でしか無い。



試斬の奉納では、神楽殿の舞台上で仮標を台に刺す役割を、兄弟子の下で務めさせて頂いた。
舞台上にいる限り、全ての挙動が奉納演武である。緊張する。斬る思いで仮標を刺す。斬り終わった仮標を片付ける。それを繰り返すうちに自分の斬る番が廻って来る。

もう何度も斬った気になって仮標を刺していたので緊張はさほどしていない、サクサクッと斬って次の仮標の段取りに取り掛かろうとすると、もう一本続けて斬る手順であることを兄弟子に指摘された。
あわわ、やっちまった。
と少し動揺しながらまた位置に着く、ここで斬り損じては元も子もないので、すっと動揺した心を鎮め、正眼に構える。左右袈裟から斬り上げた。斬れ味は悪くない、もう二太刀入れるつもりだったが、予定より多く斬れてしまっていたので、無理はせずに残心に構え、刀を収めた。

ここまでは良かったが、この後が慌しく次の仮標を刺し損じた。
刀を抜いている時だけでなく、常に心の平安を保ちたいと念じていた僕にとって、これは斬り損じと同等の失敗であった。
演武終了後、師範から「斬れ味良かったぞ。」と、お言葉を頂いたのは有難かった。

今回の奉納演武は、神前奉納という特別で神聖な儀式であると共に、個人的な日常の教訓を映し観る場でもあった。
僕は芸術家を志す者であり、煩雑で慌ただしい日常の職務や生活をこなしながらも、本分である芸術活動には、妥協の無い研ぎ澄ませた感性の斬れ味を発揮しなければならないと思っている。
今回の演武に置き換えると、仮標の段取りなどをこなしながらも、刀の斬れ味は研ぎ澄まされていなくてはならなかった。逆に、刀の斬れ味だけではなく、仮標の段取りなどの責務も、気を抜かず真摯に遂行しなくてはならないと感じた。
実は煩雑で慌ただしいと感じている日常の職務や生活も、既にかけがえの無い、神聖で大事な時間であり、本分と表裏一体なのかもしれない。
手を抜かず、大切に生きようと思う。生きていられる時間は否応無く有限である。











 
| 2013初秋:奉納演武 | 00:00 | - | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 00:00 | - | - |
http://butokuin.jugem.jp/trackback/192